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失われた時を求めて ~A la recherche du temps perdu~ I

かの長編小説の題名を借りて、私の将棋部人生を振り返ります。合宿とか主に酒関係は基本振り返らない方針でいきます(^_^;)
回生ごとに毎日更新しようかなと思います。お目汚しかもしれませんがお付き合いください。

京大将棋部の事前情報は、山田さんがいることと、「谷口さんにはしっかり挨拶しておきなさい」という言葉だけでした。
私の京大将棋部人生は浪人してから合格後、キリンにでたところから始まります。
松井洋二郎さんに筋違い角向かい飛車を指して本戦一回戦ぐらいで負けたような気がします。

新歓名簿をみると私が初めて将棋部に来たのはを2010年4月6日とあります。実は、確か4月1日に健康診断のためか何かで京都に来ていて、一度旧部室(学生会館)に行ってから迷いつつ部室に来た覚えがあります。その時は昼で誰もいなかったので、まずいなあと思って帰った覚えがあります。
最初に指したのは多分横藤さんですね。あのシステムには面食らいましたから。最初は負けたんじゃないかなと思います。それでも一つは勝ちを返していると思います。その後山岸さんと対局した覚えがあり、その時に浪人中考えていたSの式穴熊をやって勝った記憶があります。その後ハイライトに西浦と横藤さんと山岸さんかな?と行った記憶があるようなないような?西村さんに部内戦参加することと、寺岡さんに個人戦参加を伝えた気もします。

最初の部内戦はたしか西村さんに負けただけで2位。西村さん、大西さん、横藤さん、小柴さん、山岸さんがA級にいて、右玉とか色々変態戦法をやっていましたが、終盤だけで勝っていた印象があります。西村さんには相矢倉で全く勝負にならず「ああ、この人は強い」と思いました。

そして最初の個人戦はビギナーズラックで代表になります。藤居君に負けたのですが、アマ竜王で来なかった西氏に不戦勝、次に荒井さんに勝って5位に滑り込み代表に。これが最初で最後の代表となりました。今思えば怖いもの知らずでしたが、受験を終えて、また将棋が指せることを純粋に喜んでいた節があります。全国では東大の矢吹氏に右玉をボコされました。矢吹氏とは高校竜王から因縁がありましたが、3回ほど右玉がボコされています。

初めての一軍戦は、づめの骨折というトラブルもありましたが、私はフル出場で全勝というこれもビギナーズラックをやらかしました。後にも先にもこれが最後の一軍戦全勝です。勝って当たり前のあたりとはいえ、高校から団体戦慣れをしていたこともあり、変に緊張せずさせたと思います。

第二代表は山中に負けましたね。結局彼とは分の悪い結果になりましたが、昔はそこそこ勝っていただけにやはり自分の努力不足があったのは否めないと思います。それでも代表はとれましたので、「第二代表ゲッツ」とメーリスを回した覚えがあります。二軍戦もでましたが飯野君にぽろっと大駒取られて負けた記憶があります。

その頃の部室は毎日満員御礼で、序盤検討は結構普通に行われていました。毎週火曜日には川西さんも来ていましたね。
生まれて初めて格下宣言されてびっくりしました。確かに強い人だとは思いましたけど。
京大に入って、将棋をやる環境に恵まれたと自分自身ではとても満足していました。ただ、現状において、後輩達がそう思える環境かどうかは疑問なので、そうできなかった自分は責任を感ぜざるをえません。

富士通杯では4-4で、実力的にそんなもんかと思います。

秋は個人戦共々ダメダメでしたが、第二代表で平野さんに勝つ金星を挙げました。山田さんが新しくリーグを作り、西浦と角落ちで指して、中盤早々角銀交換をしたのに負けた記憶があります。駒落ち弱いのは今も変わらないですね。銀損とかなら良いのだけど、角落とかすごい苦手です。かたなしくんとは4枚落ちで指しました。さすがに時間ぜめで勝ちましたが。

初めての王座戦。6-3でしたが、もう少し勝てると思いつつ何年も出てたところがあります。どうあがいても6-3から抜け出せなかったので。

キリンは一人負けでチームが24-1だったかな。団体は3位かなと思います。個人は覚えていないです(調べたら東大の坂野氏に負けていました。棋譜もなんも覚えていないですね。)

一回生のときは一番部室にいた時間が長かった思います。授業が終われば夜遅くまで、次が休みの日は朝までいましたし、詰将棋サロンが全部が解けるまで帰らないとか普通にしていました。家でも超急戦の研究を朝までしたりとかしていました。あと澤井さんとカタンをよくしていましたね。懐かしい思い出です。

今日はそんなところです。二回生はまた明日。

10000 ~dix mille~

最近忙しいのか暇なのかよくわからないですが、四月から忙しいのだろうと思って貴重な時間を過ごす毎日です。
というか何をしたらいいとかあまり思いつかないですよね。大会はあるので結果は残したいのですが。

題名でピンと来た人。まあいないと思います。
24の対局数が10000局を突破しました。記念すべき10000局目はやはり負けていました。
大体4600勝5400敗となっております。

だから何なんだ、って話でもありますが、平均で20分かけていたとしても200000分。小学5年生から始めているので24歴は15年ぐらいです。近代将棋道場も約7000局は指していたので合わせて340000分。約236日です。寝る時間とかも合わせて15年の人生の4・3%はインターネット将棋に費やしています。ウォーズとか合わせたらどうなるんだろ。

そんなに将棋やってるのにあんまし強くなってないんだよな。下手の横好きと言われても仕方ないレベルです。

これからは将棋に向き合う時間を少しずつ探してやっていかないといけなくなるでしょうから、質が大事になりますね。もうこれ以上強くならないかもしれないし、なるのかもしれない。

人生を犠牲にする程の事でもないですから、自分の棋力とかが程々で満足できる人はそれでいいと思います。
僕が強くなったのがこれだけの時間をかけたおかげであるのなら、それでいいかなとも思います。努力に見合ってないとかは思わないですね。所詮は趣味ですから。

卒業旅行記はかたなし君にでも書きますので、ご期待ください。

愛知県支部対抗

帰省がてらに支部対抗戦に出ました。
メンバーは支部でのつながりの社会人2人と私。愛知県にいないこともあり、お互いの実力はあまりわからなかったので、優勝できたらなと思うぐらいでした。

予選一回戦 春日井支部Bと。
相手チームに元立命館の半谷君がいて、その半谷君に副将が勝ったので、うまくいけば優勝できると確信しました。
チームも2−1で勝ち。

予選二回戦 と金クラブBと。
私の相手は遠山さんという名電のOGの方で、慶応の将棋部だそうです。後から見たら女流戦にも出場されていましたね。来季は全日の会計を担当されるとか。大変ですねー。
チームは2−1勝ち。

一回戦 一宮支部と。
私達の支部は2年連続でここに予選一回戦で負けており、踏ん張りどころ。
相手チームに南山女子将棋部の顧問の先生がおられました。ちゃんいわ!?のお話や東海の顧問のお話などもしました。
チームは3−0で鬼門突破。

これまで将棋の話がないですね。
まあ私の将棋はこの辺から徐々に悪化していきます。

二回戦  棋将会支部と。
私の相手は岩瀬君。序盤で悪くなる変化を知っているのに突っ込んで悪くなり、さらには攻めが切れて相手は穴熊という悲惨な状況。それでもチームが勝ちそうだからいいかーと思っていたら、3将の方が反則負けをしてしまい、勝たないといけなくなりました。
覚悟を決めて見苦しく舟囲いを堅く?して時間切れ勝ち。

準決勝 春日井支部Bと。

予選で勝ったチームにはなんとやら…ですが、フラグは回収したくないところ。
しかし序盤で上手くいきすぎたせいで終盤圧敗になりました(笑)
チームが1-1で見苦しい王手ラッシュも万策つき、最後に王手した歩を取られたら投了でしたが、相手が詰ましてきたので歩で王を取って勝ち。いや〜。

決勝 春日井支部A
相手は服部くん。角換わりで受け間違えて頓死して負け。まあもう勝負運はなかったのでしょう。

チームは副将が二回千日手ののちなんとか勝ちをもぎ取り代表をとりました。

団体戦は運が大事ですね。王座戦での勝運を全部ここに集めました。まあこれくらいはしないと将棋指しじゃないよね。

全国に行きますのでまた将棋教えてください。前夜祭楽しみだなー


王座戦FINAL ~C'est nul~

最善の努力をしないものに勝利は来ない。それはわかっていても、将棋に時間を費やすことに恐れを抱いたの事実だ。

最後の王座戦となることはわかっていた。おそらくもう二度とあの舞台で戦うことはできないことも。

一日100問詰将棋を解くことも途中であきらめてしまい、バイト等で時間を費やすことが増えてしまっていた。
就職活動が完全に終結した12月上旬からは精神的な安定は得られていたが、将棋に費やす時間は去年の10分の1にも及ばない。
去年は将棋に明け暮れたのは事実だし、それでも王座戦は優勝できなかった。なぜそれ以上の努力をしようと思わなかったのか悔やまれる。

平成二年、僕の生まれた年に京都大学は王座戦を制覇した。それから4半世紀。何度も惜しい思いはしてきたのでしょうが、結局優勝には至りませんでした。今年は惜しい思いすらしなかった。極論をいえば、惜しいとかはどうでもいいことで、優勝以外はどれも同じこと。二位と一位には天地の差がある。

初日の二回連続戦犯の後、名古屋で将棋関係の友人と会っていた。彼は言いました。人に認めてもらうことを求めている時点で、本当に将棋が好きだとかは言えないじゃないのと。その通りだと。王座戦の前にそういう初心に戻るべきだったと思いました。

就活弱者であった私は、努力に関してかなり後ろ向きに考えるようになっていました。就活は今まで築き上げてきた人生を否定されているようでした。留学などの特殊経験すら、企業の求める「コミュ力」には勝てない。実力勝負の世界で戦う将棋で、コミュ力はまず身につきませんから。
将棋は世間から見たら認められない努力、報われない努力であり、はっきり言って生きていくために時間と金を費やすのは、プロ棋士にならないのであれば「無駄」とまでいってもいいでしょう。それでも好きなものには情熱を傾けるべきだし、そうあってこその将棋指しのはずである。世間から称賛されるなどの報いを求めている時点で将棋が好きであるという資格がないと思います。

無駄なことに人生を費やし、普通の人から見たら人生を棒に振っているわけで、それを許してくれた両親にはとても感謝しています。しかし、社会人になっていくら金を積もうとも、王座戦は優勝できません。優勝をしていない時点で悔いは残るのでしょうが、最後の機会に最善の努力をしなかった自分が許せるものではない。

最善の努力は人それぞれだが、人より詰将棋を解けばいいとか、棋譜並べをすればいいとかではなく、自分でどれだけ満足できるかということ。社会に出てからもそうだと思うが、自分の納得できない中途半端な仕事をするのは苦痛でしかない。他人より働いているからとか、給料が高いとかではなく、自分で満足のいく仕事ができているかで仕事を語るべきではないかと。

王座戦メンバーはそれぞれの努力をしてきたと思いますし、それが自分の満足のいく努力であったなら結果を素直に受け入れればいいと思います。それが今の京大の実力です。しかし、もし自分の努力に満足がいかないのであれば、これからも妥協しないで将棋に向き合ってほしい。妥協して将棋に向き合えば必ず後悔します。将棋に傾けた努力など無駄になってもいい。ただ、自分の満足のいく努力をしてこれからの団体戦に臨んでいただきたいと思います。

硬い文章になってしまいましたが、一局一局の将棋に関して振り返ることも特にないので、思うところを書いておきました。
みなさん良いお年をお迎えください。

最終一軍戦 ~la match final de A league a kyoto~

一軍戦お疲れ様です。
有終の美とはなりませんでしたが、自戒のために自戦記を載せます。




途中まで激指の解析が入っています。
さすがに宣言ミス負けはこれからもないのではと思います。

王座戦ではこういう負け方をしないようにしたいです。

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