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モスクワ滞在記(上)

どうも、高橋です。理事長が来週投稿されるであろうモスクワレポートの前座を務めさせていただきます。

なお写真等は後日くさまが。


2016-03-06
 18 時頃(モスクワ時間) SVO 着。シネルニコフ氏および選手 2 名が迎えてくださる。羽生氏、ピノー氏、吉川氏とここで別れる。
選手と北氏は車で RUDN 寮へ移動。隣接するカフェで夕食。北氏とシネルニコフ氏の口頭のやり取りがあり、シネルニコフ氏が会計してくださった。最終的な各支出の公開は望ましいと思う。
 Note: 寮の階管理者がシネルニコフ氏の事前連絡を認知できておらず、また必要書類および代金が準備できていなかったためトラブルが生じた。シネルニコフ氏および選手の戸国による交渉および状況説明があり(階管理者および守衛は英語が通じなかった)、当面通行証が発行されないまま宿泊することに。この状況は 9 日晩まで続き、選手らの安全を確保するため相当神経を使った(記入に英語が使えない書類のテンプレートを自力で用意する、全員のパスポートコピーを階下の事務室で作成する等)。今回たまたまロシア語上級者が選手にいたため翌日以降シネルニコフ氏がいない晩もどうにか対処できたが、結果として彼に負うべき寄与が一選手の分を超えてしまった。今後同様のプログラムを組むならば、予め同行してくれる通訳を確保するか、引率にロシア語話者を起用すべきである。なお宿舎自体は学生寮とは思えぬほど快適で、ここに泊まれたことは非常に幸運だったことを付言しておく。

2016-03-07
 10 時すぎ、会場のチェスラウンジへ。現地にて羽生氏らと合流。先に到着していたモスクワ大学の選手は第一回プログラムと同じ面々で、みな久闊を叙した。
 私の付け焼き刃のロシア語と戸国の助力により簡単に挨拶を述べたのち、チェス第一局を開始。
 Note: 真剣勝負にも関わらず、この瞬間がモスクワに着いてから最も安堵した。ある人々は盤駒を挟むほうが英語やロシア語を使うよりよほど流暢にコミュニケーションを図れるのである。
 局後あまり間をおかず Children Art School へ移動、昼食休憩。
 将棋の第一局を開始。平行して、現地に集っていた周辺の将棋愛好者に対し、羽生氏の指導対局が行われた。また対局が始まる前、補欠の選手 2 名には、おもに子供たちを相手に自由対局を行ったりお土産の折り紙などで交流するよう指示しておいた。対局に前後して、友人の選手アレックスからチェス書籍(ロシア語)の贈り物を頂く。後日コピーを製本して希望者に配布予定。語学意欲を高めるよい契機になるだろう。
 局後、関係者一同でレストランへ。羽生氏が中心となり、席次もなくロシア料理とビールの自由な雰囲気の中でチェス/将棋の共通項と相違点やそれぞれに適した勉強法、大学での研究、ロシア語で書かれた料理の内容までさまざまな話題にふれて歓談した。

2016-03-08
 10 時出発。路面バスとメトロを乗り継ぎ、前日とは別のチェスクラブへ。道中古典的なロシア様式と覚しい建築があり、あれはかつて教会だったが今は商店として使われていると言われ驚く。
 午前はチェスを1局。対局前シネルニコフ氏による一人一人の紹介があり、ロシア側の選手はクラブ縁の多様な出自の人たちと知る。
 Note: 私の相手は昨夏プラハで会って以来の友人ウラディーミルだった。彼がヨーロッパでは将棋が最も強い一人だとは知っていたが、チェスで FIDE Master (FM) の称号を有していることは今回初めて知り驚いた。彼はサンクトペテルブルクから今回のためわざわざモスクワを訪れていて、初日の空港から最終日までプログラム全体を通して我々の世話を焼いてくれた。
 午後、将棋を1局。この日は日本選手がチェスで勝ち、将棋で負ける局がいくらか見られた。
 Aeroflot Open を観戦するため、メトロで会場のホテルへ移動。1 時間ほどの滞在。トッププレーヤーの盤内外のコントロールスキル、大会全体の張り詰めた雰囲気、多様な出自の人々が同じ立場で真剣に取り組んでいる姿を見ることができ、得がたい経験となった。上位のゲームはリアルタイム中継されていてアプリで観戦することもできたが、これは盤駒に内臓されたセンサーから得たデータを自動発信していたと思われる。将棋界に速やかに取り入れるべき技術であろう。
 この時点で疲労困憊の者が少なくなかったため、観戦を早めに切り上げ希望者を寮へ帰し、残る私を含む選手 6 名と Open に参加していた京大将棋部 OB の寺岡さんは、モスクワ大学有志 3 名の案内による夜のモスクワ観光へ向かった。赤の広場、クレムリン等観光したのち、グム内で夕食。Taynitsky Garden を抜け、モスクワ川に跨る壮大な陸橋および隣のロシア正教の教会を訪れたのち、メトロと乗り合いタクシーを経由して帰宅。23 時ごろ。
 Note: 好意はどうしても受けたかったが、渡航前に聞き及んでいたロシアの学生の飲みっぷりや初見の公共機関利用、またロシア語を話せる者がいない等不安要素が多く、それなりのトラブルは覚悟していた。しかし案内してくれた友人らは至って紳士/淑女的で、深夜に及ぶ提案をせず、しかも帰宅時寮の玄関まで同道してくれた。また通行証がないため玄関での対処をいろいろ想定していたが、守衛の女性は我々の境遇に非常に同情的であっさりゲートを通してくれた。周囲にかなり恵まれていたと思う。なお後日、戸国とともに彼女にお土産を渡して感謝を伝えたところ、非常に喜んでくれた。

Cat.jpg

売店にいた生物。ワンワン。



続きます。

あ、CSS いじりました。でも文字の大きさ変えられませんでした。ボスケテ
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